クリエイティブな未来の地域を創る  ―アートによるネットワーキング―

1.「富士・箱根・伊豆 国際学会」 地域との連携 

 「国際学会」と聞くと非常にアカデミックな響きがするが、「富士・箱根・伊豆 国際学会」では、本学会誌巻頭言の冒頭に「この学会の特色は単なる学術的な議論の場にとどまらず、地域社会との結びつきを重視し、産官学の連携を促進する点にあります。」(「富士・箱根・伊豆 国際学会」創刊号巻頭言(五條堀孝氏))[1]と述べられているように、アカデミックという枠を超えて、より広い地域社会との連携をめざしている。
 この目標に向けて、これまでもさまざまな興味深い取り組みをおこなってきているが、これらの活動をさらに多くの人びとに浸透させ、地域社会の参加を通じてより大きなムーブメントして実践してゆくというのが将来の展望のようだ。
 それは分野、職業、年齢、立場は異なるが、地域DNA(地域のアイデンティティ)を共有する多様な人々が有機的でフラットにつながる活動を展開、多くの市民が参加して地域の豊かさを考え実現しようとするイメージだろうか。
 それぞれの地域にはその土地や人々が永く育んできた特色があり、その特色と結びついて地域が推進するテーマがある。この富士・箱根・伊豆地域では、富士山、伊豆半島の自然環境とジオパーク、観光と食、温泉、健康と医療、などが挙げられるだろう。そして、このようなテーマに関連する、多くの大学、研究機関、学校、民間企業、事業者、NPOなど市民組織、美術館や博物館、ギャラリーなどが集積している。それらの組織の異なる個性をネットワークすることでブラッシュアップして、そこに市民との対話のプロセスを通じて、さらに地域性を際立たせて発信していくことが求められているのだろう。

2.拡張する今日のアート

 このような将来のイメージを思い描く時、アートは一つの有効なメディアとなる可能性があると考える。
 ここで前提となる今日的なアートの定義について触れてみたい。一般的には美術館などで展示されるような、絵画・彫刻・工芸・建築・詩・音楽・パフォーマンスなどの作品をイメージする方が多いのではないだろうか?これは芸術家が作品をつくり、それを人びとが受動的に鑑賞するという意味合いが強い考え方である。
 この従来からの定義に対して、現在ではアートの範疇が拡張しており、美術館から現実社会に飛び出して、地域の特性を発信したり、社会的課題を地域住民と共に考えていこうとするアート活動が増えている。英語ではソーシャリー・エンゲイジド・アート(Socially Engaged Art略してSEA)と呼ばれており、アーティストが地域で、例えば、医療、環境と災害の問題、人口減少、などの課題に対して、住民と共に議論するプロセスを通じて、社会に大小様々な変化やエネルギーをもたらすエンジンとなる活動を総称している。
 このような活動では、アートが必然的に多様な分野や組織、施設、人びとをつなげて、フラットにコミュニケーションするメディアとなり、その実践のプロセス自体が地域の豊かさを共に考えて活動するという基盤になるのだ。
 では、なぜアートなのか?アートとは誰もが持っている感性や想像力によって自由にオリジナルに創造することを重視し、誰でもフラットに参加できる。それは、一つの解答に収まらないそれぞれの個性による多様性を許容する土壌であり、それが分野、組織などを超えた人びとをオープンに結ぶ開放性につながっていると言える。また、アートの持つ想像力と飛躍力によって、常に既成の概念を乗り越えて新たな挑戦やイノベーションを起こしてきた歴史があり、そこから気づきやポジティブな未来を描き、新たな価値を作り出すツールとして非常に優れている。すなわち、アートは多様な価値観や文化的背景を持つ人びとをクロスジャンルに結びつけて新たな価値を創り出すことができるメディアだと言えるのだ。

3.学際的、参加型のプロジェクト@三島&東京

 ここで、具体例として、私が実践に関わったプロジェクトで、分野を超えたインタラクション、複層的コラボレーションから何が生まれるか、という実験的な事例を少しご紹介したい。
 一つは三島で行った子供のためのワークショップ「マイストーリー地層 (2017)」(図1)で、これはアーティスト(James Jack氏)と伊豆ジオパークの専門家のコラボレーションを通じて、伊豆各地の土を集め、その自然の色で絵を描いてみるプロジェクト。そのプロセスでは、伊豆半島や箱根、富士山の成り立ちを火山学から学ぶと同時に、土とその色を素材としているアーティストからは自分たちの暮らしを支える土の記憶、時間の流れなどについて感性に訴えるレクチャーを受ける、これを同時並行して体験することで、異なるアプローチが一体になり、自分たちの環境を総合的に発見して、その相乗効果から新たな見方や価値が生み出されるワークショップとなった。
 
図1.三島で行われた子供のためのワークショップ「マイストーリー地層 (2017)」
図1.三島で行われた子供のためのワークショップ「マイストーリー地層 (2017)」
 
 もう一つは気候アクションSUMIDAというプロジェクト(2023)(図2)で、洪水時水位が3メートル以上上昇する危険性がある墨田区を舞台に、気候変動に対する意識の変化をめざすプロジェクト[2]。このプロセスでは環境、気候変動をテーマとする詩を公募して、詩人、環境専門家、ランドスケープ、建築家、映像作家、地元の大学やその学生、多くの住民に関わってもらい、スカイツリー足元の運河で実施したもの。6ヶ月にわたり100人以上の分野横断的な参加者が議論を重ねるプロセスを重視して、この地域の現状と将来の生活を想像し共有する機会となった。
 
図2.気候アクションSUMIDAプロジェクト(2023)
図2.気候アクションSUMIDAプロジェクト(2023)
 
 小さな事例だが、さまざまな分野の人びとに関わってもらうことによって、思わぬ刺激を相互に受け、その違いを認めるディスカッションのプロセスを通じて、地域に関する新たな視点、社会的課題に対する意識の変革が起こることを実感している。そのためにも、ひとりひとりの創造力を刺激してボトムアップしていく必要があると考える。

4.ひとりひとりがアーティスト

 これからは、アーティストだけでなく、ひとりひとりの創造性を高めていくことが地域の未来にとって、ますます重要になると考えている。
 20世紀を代表するアーティストのヨゼフ・ボイスが主張した「社会彫刻」という言葉がある。これはその後に続くアーティストに多大な影響を与えた概念で、「芸術には世界を変える力がある だれもが芸術家となり、未来の世界や社会を創造的に変革することができる」という意味である。
 それには、アーティストだけがクリエイティブなのではなく、すべての人がクリエイティブになる必要がある。その過程で、人びとが社会と深く関係しコミュニュケーションを結んでゆく。このプロセスがいつもダイナミックに動いている場所が、地域の課題を乗り越えて、持続可能な豊かな地域を創りだすパワーを持つということだろう。そのためにも、広く市民の参加を促す活動を提供してゆくことが求められる。

5.「アート&サイエンスの交差点」@カリフォルニア

 もう一つ、規模は大きいが参考になりそうな事例をご紹介したい。2024年9月から2025年の春まで半年にわたり、ロサンジェルスを中心に南カリフォルニア各地で開催された大規模イベント「Art & Science Collideアート&サイエンスの交差点 PST ART」だ[3]。これは、文字通りアートとサイエンスとのコラボの実践を紹介する、一連の展覧会、公開プログラム、ワークショップから構成された。800人以上のアーティストが参加して、70以上の地域の美術館、ギャラリー、アート活動団体に加えて、カリフォルニア大学、カリフォルニア工科大学、NASAジェット推進研究所、他にも博物館や大学や研究機関と広範にわたる連携を実現した世界で最も大規模なアートイベントとなった。
 テーマは、環境問題や環境正義から人工知能や健康問題、代替医療の未来など、現代社会が抱える最も危急の課題で、多岐にわたった。これらの課題について、毎週市民参加型のワークショップ、レクチャー、シンポジウムを開催、アーティスト、専門家と市民が対話する機会を提供していた(図3)。
 
図3.Art & Science Collideの展示風景
Helen & Newton Harrison "California Work" @ San Diego Public Library 2024
図3.Art & Science Collideの展示風景 Helen & Newton Harrison "California Work" @ San Diego Public Library 2024
 
 具体的には、身近な気候変動と水の問題、気候変動をアートと科学で可視化するプロジェクト、健康と医療に関して、アートを通じた科学的な研究なども紹介され学際的なアプローチとなっている。例えば、ストレス、メンタルヘルスにとってのアートの役割を科学的に分析した「芸術は薬」「アート脳」などの展示もあり、多様な関心事を持った人々が参加して、地域の課題やあるべき未来について議論する機会となっていた。

6.いかに地域をネットワークしていくか

 このように特定のテーマで地域を結び、多様な分野、施設、組織をまとめるイベントの手法は、地域を一丸となって発信する上で非常に有効な手法になると考える。そのために、地域のアート団体や文化組織が横串となって、異なる分野の研究施設、自治体、民間、住民など多様な産官学の主体のネットワークをリードし、地域コミュニティを充実化するための道筋を示す役割を果たしていけるだろう。そのプロセスを通じて、私たちそれぞれが関係してつながり合う生活の基盤、すなわち地域コモンズ(共有財産)を築くことが可能となるのだ。
 富士・箱根・伊豆地域にもそれぞれ特徴のある美術館や活発に活動しているギャラリー、地域に根ざして活動するアート団体と多様な芸術文化の施設、組織も数多い。このような主体が核となって連携し、地域資源をいかに有効活用、発信していけるか、そこがキーポイントになってくる。
 そのためには地域ならではの明確なテーマを共有し、地域全体を巻き込んで交流、結集するための活動を一歩ずつ始めることが大きな契機になると考える。具体的には、この地域性を活かしたテーマとしては、ファルマバレー(医療)と健康、温泉とリラクゼーション、自然環境とジオパーク、観光と食などが考えられる。
 「富士・箱根・伊豆 国際学会」がそのためのプラットフォームとして重要な存在になってくれることを期待したい。

参考文献

  1. 五條堀孝 (2025) 地域DNAと国際学会の未来 — 富士・箱根・伊豆から世界へ. 富士箱根伊豆 国際学会 学会誌「グローカル〜地域と世界をつなぐ」 2025-01, <https://issfhix-journal.wraptas. site/2025-01>.
  1. 特定非営利活動法人アート&ソサイエティ研究センター, 気候アクションSUMIDA 特設サイト. <https://climateactionsumida.notion.site/SUMIDA-bbdea245c98d4ae78857f6059b9280e9>.
  1. ART P (2025) Art & Science Collide. <https://pst.art/>.
 
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