富士山噴火時の広域避難に関する数理シミュレーション分析 — 裾野市須山地区を事例に — (Mathematical simulation analysis of large-scale evacuation under a Fuji volcano eruption)

1.はじめに  

 日本は多数の活火山を有しており,噴火に伴う広域避難のあり方は重要な研究課題である.特に,富士山は将来的な噴火の可能性が指摘されている火山として,周辺地域では溶岩流や降灰等を想定した避難計画の検討が進められている.しかしながら,火山噴火時の避難は,危険領域が時間とともに変化し,地形条件や人口構成に応じた広域的な移動が求められることから,経験に基づく定性的な議論 ¹⁾ のみでは避難行動の妥当性を評価すること が難しい.そこで著者らは,避難過程を定量的に評価 ²⁾⁾ する数理的枠組みの構築が重要とな ると考え,「富士山噴火時の自動車主体の広域避難において,避難開始時刻の違いはリスク 最小化の観点からどのような影響を及ぼすのか」という問いを研究課題として設定し,数理的アプローチからの解明を目指すに至った.
 本研究の目的は,火山噴火を想定した自動車主体の広域避難を,Nie による Cell-based Merchant-Nemhauser モデル(以下,セルベースモデル) ³⁾ に基づく数理最適化問題 ⁴⁾ として 定式化し,災害遭遇リスク最小化の観点からその特性を明らかにすることである.本稿で はその具体的事例として,裾野市須山地区を対象に,全住民が同時に避難を開始する一斉避難モデルと噴火警戒レベルを模した段階避難モデルに基づくシミュレーション結果を比較・分析することで,避難開始時刻の違いが避難経路選択および避難完了時間に与える影 響を明らかにする.

2.地域特性と数理最適化モデル

2.1 須山地区の概要

 裾野市須山地区は,富士山南麓に位置し,宝永火口から約13 km の距離にある山間地域である.人口は約2,200人規模であり,高齢化率が高いという特徴を有する.裾野市危機管理課職員によると,富士山噴火時には自動車による広域避難が想定されており,主要な避難方向は市街地方面および御殿場市方面に限定されるという.このような地理的条件のもとでは,交通需要 ⁵⁾ の集中による混雑が懸念されることから分散誘導 ⁶⁾ が求められるが,交通容量制約下における最適な避難経路配分については,定量的な検討が課題として残され ている.

2.2 噴火避難モデルの定式化

 Nie が提案したセルベースモデルで用いられるネットワークは,ノード i ∈ I とセル a ∈ A を持つ有向グラフ ⁷⁾ G = (I, A) として表され,時間を離散化 ⁸⁾ することで,避難行動の動的変化を数理的に扱うことが可能となる[1].竹居らはこのモデルを拡張し,歩車混合型の最適避難問題を提案した[2].本稿では,Nieによるセルベースモデルに基づき,竹居らが導入したリスク関数を富士山噴火ハザードマップから与えることで,災害遭遇リスク総和を最小化する最適避難経路問題として,次の通り定式化する.
 時間ステップ t におけるセル a の滞在数を pₜᵃ ,流入数 uₜᵃ ,流出数 vₜᵃ を用いて,リスク最小化の目的関数 ⁹⁾ を次式で定義する.
式 (1)
式 (1)
ここで,AD は避難所セル集合,η は自動車への平均乗車人数を表す.式(1)は,各時刻,各道路区間において,災害リスクにさらされる避難者数に,その場所と時刻に応じた危険度を掛け,避難開始から終了まで合計した値を表している.したがって,この値を最小にすることは,多くの避難者が危険な場所に長時間とどまることを避けるように,避難経路と自動車の流れを決定することを意味する.なお,避難所に到着した避難者は安全が確保されたものとみなし,目的関数の計算対象から除いている.また,Rₜᵃ は時間ステップ t のセル a における災害遭遇リスク関数であり,時間および地理条件として標高 hᵃ と火口からの距離 dᵃ に依存すると仮定し,ロジスティック関数 ¹⁰⁾ を用いて次式で定義する.
式 (2)
式 (2)
ここで,αₖ , βₖ , γ (k = 1, 2) は,ハザードマップに基づいたロジスティック回帰分析 ¹¹⁾ により推定されるパラメータ ¹²⁾ である.式(2)の第1 因子は噴火後の経過時間による危険度の変化を,第2因子は標高および火口からの距離による危険度の違いを表している.Rₜᵃ の値が大きいほど,その時刻,その場所において噴火災害に遭遇する危険性が高いことを意味する.  目的関数に対する制約条件 ¹³⁾ として,セルのフロー保存則,およびノードにおける合流・ 分流のフロー保存則を
式 (3)
式 (3)
とする.ここで,I (i), O(i) は,ノード i に接続する上流と下流のセル集合を表す.式(3)の第1式は,各道路セルにおいて,もともとセル内にいた自動車と新たに流入した自動車の合計が,次の時刻にセル内に残る自動車とセルから流出する自動車の合計に一致することを表している.第2式は,交差点に相当するノードへ上流側から入ってくる自動車の総数と,そのノードから下流側へ出ていく自動車の総数が一致することを表している.すなわち,これらは,自動車が道路上で突然発生したり消失したりしないことを保証する条件である.さらに,交通容量 Cᵃ の制約,およびセル容量 Hᵃ の制約を
式 (4)
式 (4)
とする.ここで,δᵃ は渋滞流速度 ¹⁴⁾ と自由流速度 ¹⁵⁾ の比を表す.式(4)の第1式は,一定時間内に各道路セルへ流入または流出する自動車の台数が,その道路の交通容量Cᵃ を超えないことを表す.第2式は,道路セル内の空き容量に応じて,新たに流入できる自動車の台数が制限されることを表している.したがって,道路セルが混雑して収容可能台数に近づくほど,後続の自動車がそのセルへ入りにくくなるという,実際の交通渋滞に近い状況が再現される.
 これらに加えて,需要の初期条件として,初期需要量 Dᵃ
式 (5)
式 (5)
で与える.式(5)は,各地区の避難者数を,自動車1台当たりの平均乗車人数 𝜂 に基づいて自動車台数に換算し,シミュレーション開始時の避難需要として各セルに配置することを表している.例えば,平均乗車人数を2人とした場合,避難者100人は自動車50台分の避難需要に相当する.
 以上のように,式(1)は最小化すべき災害遭遇リスク,式(2)は各時刻・各地点の危険度,式(3)および式(4)は自動車の移動が満たすべき交通上の条件,式(5)は避難開始時の避難需要をそれぞれ表している.これらにより,噴火時における自動車避難モデルを定式化した.

2.3 シミュレーション設定

 今回対象とした区域は,図 1 に示す実線部分である.避難人数を2,263人とし,避難所として深良中学校および東中学校をセル容量 300台として指定する.自動車の自由流速度は18km/h とし,単位時間ステップを10秒 とすることで,セル長は 約50mと定め,セ ル容量はセル長を平均車頭間隔 ¹⁶⁾ 7.5mで除した値を与える.
図1.対象区域と避難所の位置関係
図1.対象区域と避難所の位置関係
 対象とした道路ネットワークおよび各道路の交通容量は,国道を5台,主要地方道および一般都道府県道を4台,市町村道を3 台,市町村道(一車線)を1 台,居住区域内道路(行き止まりは除外)を0 台とし,それ以外の道路種別は解析対象外とする.その他のパラ メータは,表 1 に示す通りである.なお,噴火災害遭遇リスクに現れるパラメータは,須山エリアの噴火ハザードマップに基づき,ロジスティック回帰分析により定めた.
 以上の設定のもと,数理最適化ソルバー ¹⁷⁾ には大規模問題への適用性に優れた Gurobi Optimizer を用い,一斉避難モデルおよび段階避難モデルのシミュレーションを,総ステップ 数 T = 300(約50分)として実行した.なお,段階避難モデルとは,日本の噴火警戒レベル ¹⁸⁾ 運用において,レベル引き上げに伴い移動に時間を要する災害時要配慮者 ¹⁹⁾ には早期の事前避難が推奨され,その他の住民は状況の進展に応じて段階的に避難を開始するという方針を反映したものである.

3.シミュレーション結果

3.1 一斉避難モデル

 一斉避難モデルのシミュレーション結果について,時間ステップ t = 0, 120, 210, 299における避難需要の配置をそれぞれ図2,図3,図4,図5 に示す(動画は[3] を参照).
図2.t = 0(初期配置)
図2.t = 0(初期配置)
図3.t = 120(20 分後)
図3.t = 120(20 分後)
図4.t = 210(35 分後)
図4.t = 210(35 分後)
図5.t = 299(約50 分後)
図5.t = 299(約50 分後)
 一斉避難モデルでは,避難開始直後から主要道路に交通需要が集中し,一部の道路区間では混雑が生じた.その結果,避難経路の一部では御殿場市方面への迂回を伴う移動が観 察された.一方で,避難行動が早期に開始されることから,地区外の比較的遠方の避難所 まで到達可能な避難者が多く存在することが確認された.すなわち,一斉避難は早期避難 という点では有効であるものの,交通需要の集中により道路混雑が生じ,必ずしも効率的な避難経路が形成されない可能性が示唆される.

3.2 段階避難モデル

 段階避難モデルのシミュレーション結果について,時間ステップ t = 0, 120, 210, 299 における避難需要の配置をそれぞれ図6,図7,図8,図9 に示す(動画は[3] を参照).
図6.t = 0(初期配置)
図6.t = 0(初期配置)
図7.t = 120(20 分後)
図7.t = 120(20 分後)
図8.t = 210(35 分後)
図8.t = 210(35 分後)
図9.t = 299(約50 分後)
図9.t = 299(約50 分後)
 段階避難モデルでは,噴火警戒レベルを模した段階的な避難開始時刻を設定し,75 歳以上の住民約21% がまず避難を開始し,その10分後に65歳以上75歳未満の約18%,さらに30分後に65歳未満の約 61% が避難を開始するものとした.このように避難需要を時間的に分散させた結果,一斉避難モデルで見られたような主要道路への交通需要の集中は 比較的緩和され,多くの避難者が迂回を伴わずに避難可能であることが確認された.これは,避難需要の時間分散により,道路ネットワークの交通容量がより有効に利用されたためと考えられる.一方で,避難開始が段階的に設定されるため,後から避難を開始する集 団では避難時間が短くなり,一部の避難者については十分な避難が完了しない可能性が確認された.

4.まとめと今後の課題

 本稿では,富士山噴火を想定した自動車主体の広域避難を対象として,Nieによるセルベースモデルに基づき,災害遭遇リスクを最小化する数理最適化モデルを構築した.その 具体的事例として,裾野市須山地区を対象に,一斉避難モデルおよび段階避難モデルのシ ミュレーション結果を比較・分析した.その結果,一斉避難モデルでは避難開始が早期に行われるため遠方の避難所への避難が可能となる一方,主要道路への交通需要の集中によ り一部区間で混雑や迂回が生じる傾向が確認された.これに対し段階避難モデルでは,避難需要の時間分散により交通混雑が抑制され,比較的単純な経路で避難可能であることが確認された.ただし,避難開始が遅れる集団では避難完了が十分に達成されない可能性も確認された.以上より,火山噴火時の自動車主体の広域避難においては,避難開始時刻の設定が避難経路の形成および交通混雑に大きく影響することが示された.特に,避難開始時刻を適切に分散させることは,道路ネットワークの交通容量制約下において避難時の混 乱を抑制する有効な手段となり得る.本研究の結果は,同地区における避難行動の在り方 を検討する基礎的知見を与えるとともに,富士山噴火避難訓練の設計に対して一定の示唆を与えるものである.
 今後の課題としては,避難者の年齢構成や行動特性などの個人属性の導入,道路閉塞や情報伝達の遅延など災害時に生じる不確実性の考慮,さらに一次避難場所からのバス輸送など複数の避難手段を含めたより現実的な避難シナリオの検討が挙げられる.また,避難訓練や実際の避難計画との比較を通じて,本モデルの妥当性および実用性を検証していくことが今後の重要な課題である.

謝辞

 本研究は,高専機構による研究ネットワーク形成事業(防災・減災研究ネットワーク)の 助成を受けたものである.

脚注

¹⁾ 数値を用いず,特徴や傾向を言葉によって捉える議論を指す.
²⁾ 対象を数値で表し,その大きさや違いを比較・評価することを指す.
³⁾ 道路網を,交差点などの接続点であるノードと,一定の長さに分割した道路区間であるセルによって表し,各セル内の車両数とセル間の移動を時間ごとに計算する交通流モデルである.
⁴⁾ 与えられた条件のもとで,評価値が最小または最大となる解を求める問題である.
⁵⁾ ある時間帯に道路を利用しようとする車両の量を指す.
⁶⁾ 車両が特定の道路に集中しないように,複数の経路へ分けて誘導することを指す.
⁷⁾ 道路の通行方向を考慮したネットワークを意味する.
⁸⁾ 時間を一定の間隔で区切ることを意味する.
⁹⁾ 最小(または最大)にしたい評価値を表す式である.
¹⁰⁾ 時間,標高,距離などの値を,おおむね0から1 までの範囲の値に変換し,危険度が急に切り替わるのではなく,条件に応じて滑らかに変化する様子を表現できる関数である.
¹¹⁾ 複数の要因と,ある事象の起こりやすさとの関係を分析し,その確率や危険度を推定する統計的手法である.
¹²⁾ モデルの動きや計算結果を決める係数または設定値を指す.
¹³⁾ 道路の容量など,解が満たさなければならない条件である.
¹⁴⁾ 道路が混雑している状態における車両の流れの速さを表す.
¹⁵⁾ 渋滞や前方車両の影響を受けずに走行できる状態での速度を表す.
¹⁶⁾ 車長と車間距離を合わせた,車両1 台が道路上で占める平均的な長さを指す.
¹⁷⁾ 目的関数と制約条件に基づいて,最適な解をコンピュータで計算するためのソフトウェア である.
¹⁸⁾ 火山活動の状況に応じて,警戒が必要な範囲や取るべき防災対応を段階的に示す指標である.
¹⁹⁾ 高齢者,障害者,乳幼児など,災害時の避難に支援や時間を必要とする人を指す.

参考文献

[1] Y. M. Nie, A cell-based Merchant-Nemhauser model for the system optimum dy- namic traffic assignment problem, Transportation Research Part B, 45, 329–342, 2011.
[2] 竹居広樹, 奥村誠, 歩車混合を考慮したセルベース最適津波避難モデル, 交通工学研究 発表会論文集, 37, 239–245, 2017.
[3] シミュレーション動画, <https://user.numazu-ct.ac.jp/~m-suzuki/disaster/cellbase/suyama.html> (最終参照日:2026/03/01)
 
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