歴史的価値のある洋式帆船「ヘダ号」模型の三次元デジタルアーカイブ化

1.はじめに  

 歴史的遺産のデジタルアーカイブにおいては、写真測量(フォトグラメトリ)等を用いた「メッシュデータ(ポリゴンモデル)」による三次元再構成が広く普及しています[1]。しかし、帆船の「帆」のような極めて薄く複雑な構造物の再現において、従来のフォトグラメトリによるメッシュデータは重大な技術的困難を抱えています。本稿の目的は、幕末の伊豆・戸田村(現在の静岡県沼津市戸田)において日露の協力により建造された日本初の本格的洋式帆船「ヘダ号」模型の三次元(3D)デジタルアーカイブした内容を取り上げます。その際、「ヘダ号」模型の三次元モデル再構成過程において直面したメッシュデータの課題を明らかにし、その代替手段として近年急速に発展している新技術「3D Gaussian Splatting(3DGS)」を導入した成果を報告します。見た目を重要視した三次元データ作成における3DGSの有用性を示し、文化財アーカイブにおける適材適所のアプローチを提示するとともに、本技術が伊豆地域の観光資源化や次世代への歴史継承にどのように寄与し得るかを紹介します。
 
 先ずはその成果を下記リンクからご覧ください。
【株式会社みてしる,3Dで見るヘダ号模型】
 

2.洋式帆船「ヘダ号」の歴史的・技術的意義

2.1 プチャーチン来航とディアナ号の遭難

 1854年の大津波によるロシア艦「ディアナ号」の喪失は、伊豆の戸田村を突如として歴史的な国際造船プロジェクトの舞台へと引き上げることになりました[2][3][4]。この年、日露和親条約の締結交渉を目的として、エッフィミー・ワシリエビチ─・プチャーチン提督率いるロシア使節団が伊豆半島の下田に来航しました。彼らが乗船していたのは、ロシアのフリゲート艦「ディアナ号」です。同艦は排水量2,000トンを誇り、大砲52門を搭載する巨大な3本マストの帆船でした。しかし同年に安政東海地震に伴う大津波が下田を襲い、停泊中であったディアナ号は大破しました。その後、修理のために伊豆半島の戸田村へ曳航を試みたものの、航行中に沈没という悲劇に見舞われました。乗艦を失ったプチャーチンらロシア人乗組員は、祖国に窮状を報告し迎船を呼ぶために、新たな代替船を建造する必要がありました。幕府は造船を許可し、ディアナ号の修理予定地であった戸田村での建造が決定しました。当時、ロシアはイギリス・フランスとクリミア戦争(1853–1856年)の最中にあり、砂嘴(さし)(図1)と呼ばれる特異な岬が湾をふさぐように延びて三方を山に囲まれた戸田村の地形は、敵国の艦船の目を避けるのにうってつけの場所だったのです。そして戸田村は突如として国際的な造船プロジェクトの舞台となりました。
 
図1.海中に細長く突き出た地形である砂嘴(さし)、洋式帆船建造地跡の碑、戸田造船郷土資料博物館の位置

2.2 日露の技術的・文化的交碑

 造船作業は、言葉や単位の違いといった技術的障壁を乗り越え、日本とロシアの職人たちの緊密な協力と技術交流によって進められました[2][3]。ロシア人士官の監督のもと、大工や鍛冶職の心得のあるロシア水兵が、日本の職人を指揮する形で進められました。日本の船大工や鍛冶職人などは伊豆各地から急遽集められ、その数は計134人にのぼりました。技術面においては、両者の使う長さや重さの単位が異なることが、事態を一段と複雑にしました。しかし、日本の職人たちは、手帳を用いて携わったすべてのことを書き込み、ロシア技師が作図した原寸大図面をもとに、ロシアの職人と協力して船体を組み上げていきました。一方で、日本の船大工が一人で墨付け作業を行う際に用いていた「墨壺」は、ロシア人から特に関心を集め、彼らが欲しがったという記録も残されています。

2.3 「ヘダ号」の船体構造と日本の近代造船への架け橋

 プチャーチンらとの協力によって建造された代替船は、日本の近代造船史において決定的な転換点となり、その後の造船技術発展の「礎」となりました[2][3]。この代替船は、ほぼ2ヶ月半という短期間で完成しました。進水式の際、プチャーチンは建造の地である戸田村村民への感謝の意を込めて、この船を「ヘダ号」と命名しました。ヘダ号は、西洋式の構造をもつ「スクーナー」形の帆船です。資料では全長24.57メート、最大幅7.02メートル、深さ約3メートル、積載量87.52〜100トン、50人乗りであったと記載されています。幕府はこの船の優秀性を認識し、戸田村の属する「君沢郡」にちなんで同型船を「君沢形(きみさわがた)」と命名しました。その後、戸田の船大工は、大いに活躍しました。堤藤吉、石原藤蔵、佐山太郎兵衛、渡辺金右衛門の4名は、幕命により幕府直轄の石川島造船所において君沢形船4隻の建造に従事しており、明治政権成立までに幕府が建造した国産艦船21隻のうち、君沢形11隻、千代田形軍艦1隻、運輸船旭日丸1隻の計13隻に関与しました。また、船大工の親族も幕末から明治にかけて、日本の代表的な造船所の創設と洋式船の建造に大きな役割を果たしました。ヘダ号の建造は「日本近代造船の礎」と称されています。現在、洋式帆船建造地跡の碑が立てられています(図1)。

2.4 取り扱った「ヘダ号」模型

 現在、ヘダ号の模型は主に5つ存在することが確認されています[5]。具体的には、戸田造船郷土資料博物館(図1)に展示されている東海大学海洋学部博物館所蔵の杉村宗作製作の模型(縮尺1/10)、同じく戸田造船郷土資料博物館に展示されている浦田康一製作の小型模型(縮尺1/48)、道の駅「くるら戸田」に展示されている勝呂勘蔵製作の模型、諸口神社に奉納されている野田陸郎製作の模型(縮尺1/40)、そして静岡市清水区のフェルケール博物館に展示されている近藤友一郎製作の模型(縮尺1/10)が挙げられます。これらは製作者の背景や参考にした資料が異なっています。本稿では、これら複数の模型の中から、戸田造船郷土資料博物館に現存する杉村宗作が製作した模型(縮尺1/10)を対象としました(写真1)。その理由は、この模型が、当時の造船世話掛頭取であった船大工・石原藤蔵が残した設計図や書付(藤蔵資料)に最も近い形で再現されているためです。元船大工である杉村によって製作されたこの模型は、実測で全長240cm、最大幅66cm、高さ260cmにおよび、経年変化による狂いが生じないように民家の古材(欅や杉)を利用して精巧に作られています。さらに、この模型の最大の特徴として、左舷の側面側から竜骨や肋骨からなる船体内部の構造が見えるように造られている点が挙げられます。幕末に導入された西洋式木造船の船体構造を後世に伝えたいという製作者の工夫が凝らされており、当時の造船技術や船体内部の構造を立体的かつ具体的に検証・理解するための極めて有用な模型であるといえます。この歴史的遺産を、現代のデジタル技術を用い、精密かつ魅力的に三次元空間に復元することは、歴史文化遺産の保存と継承、そして地域活性化を目指すヘダ号再建プロジェクトのミッションに深く合致するものと考えます。
 
【ヘダ号再建プロジェクト】
 

3.従来の三次元アーカイブ手法(メッシュデータ)の適用と技術的困難

3.1 メッシュデータ(ポリゴンモデル)の基本原理

 文化財などをデジタルアーカイブする際の三次元計測手法として、複数画像から撮影位置を復元する三次元写真計測の1つであるSfM (Structure from Motion-) – MVS (Multi-View Stereo) 法が、近年では比較的多く用いられます[6]。SfMのプロセスでは、ドローンや地上での撮影画像から局所特徴を抽出して対応関係を探索し、カメラの姿勢を推定しながら、空間上に低密度な点群や高密度な点群を生成します。この点群データに基づき、ばらばらの点どうしを線で結び、面(ポリゴン)を張ります。これにより連続した立体として表現した三次元モデルであるメッシュデータを再構成することで、対象物の「かたち」を詳細に把握するのに役立ちます[7][8]。また、三次元の形態情報に加え、色やテクスチャ情報も光学的情報として記録されます[6]。
 実際の撮影においては、デジタル一眼レフカメラを用い、ヘダ号模型の周囲から1,412枚の写真を多角的に撮影しました(写真1)。SfM-MVS処理による三次元復元の精度を高めるためには画像同士の十分な重なりが必要となるため、カメラの位置や角度を少しずつ変えながら慎重に全周撮影を行っています。さらに、船体の影になりやすい部分、マスト、帆といった入り組んだ構造物の形状を正確に捉えるため、高さを変えた俯瞰撮影や部分的なクローズアップ撮影も組み合わせました。こうして撮影した写真の中から、ブレやボケのない高品質な画像を厳選し、解析用の入力データとして使用しています。
写真1.三次元デジタル化のための写真撮影の様子
写真1.三次元デジタル化のための写真撮影の様子
 

3.2 薄い構造物(帆)の再構成における幾何学的破綻

 船体、マスト、甲板といった、ある程度の厚みと体積を持つ物体に関しては、メッシュデータによる表現は非常に適しており、高精度な形状記録が可能でした。しかし、プロジェクトの進行に伴い、スクーナー帆船の最大の特徴である「帆」の再構成において、自動処理の限界に直面しました。メッシュデータを用いて三次元形状を表現するためには、対象物が一定の厚みを持つ必要があります。しかし、実際の帆船の帆は、布でできた極めて薄い物体であり、その厚さは数ミリメートル程度に過ぎません。このような「極薄の構造物」をSfMのアルゴリズムで自動的にメッシュ化しようとすると、計算機が「帆の表面」と「帆の裏面」の空間的な位置や形状を独立して正確に認識・分離することができないという問題が発生しました。表と裏のポリゴンが極めて近接している場合、アルゴリズムがノイズと誤認して表裏のポリゴンを融合させたり、そもそも帆の厚さより誤差の方が大きかったり、空調などによってごくわずかな帆の動きがあったりすることで、裏面と表面が交差して破綻した形状を生成してしまいます。結果として、データ上では帆に無数の穴が開いたり、表面がデコボコに歪んだり、テクスチャが乱れてしまい、「帆のように見える滑らかで美しい形状」を作ることができませんでした。帆の再構成がうまくいかないことは、帆船としての視覚的なアイデンティティを著しく損なうものでした。

4.3D Gaussian Splatting(3DGS)の導入

4.1 3DGS技術の理論的背景

 3DGSは、近年登場して以来、コンピュータビジョン分野や文化財のデジタル保存において急速に注目を集めている画像生成手法です[9][10][11]。従来の「メッシュモデル」がポリゴンをパッチワークのように繋ぎ合わせて物体の表面を作るのに対し、3DGSは、空間に配置された無数の「ふわふわした点」の集まりとしてシーン全体を表現する手法です。空間に散りばめられた一つひとつの点(スプラット)は、単なる丸いドットではなく、以下のような詳細な情報を持っています。1)空間的な位置:点が空間のどこにあるかという座標、2)大きさと回転:点を単なる球体ではなく、楕円体のように引き伸ばしたり傾けたりする形状と向きの情報、3)不透明度:完全に不透明な固体の状態から、半透明の霞のような状態までを表す透け具合、4)色情報:これが3DGSの最大の特長であり、見る角度によって色が変化する性質を持ちます。これにより、物体表面の光沢や反射、複雑な陰影などを本物そっくりに再現できます。3DGSは、これら無数の複雑な点を画面へ投影し、高速に描画処理を行うことで、写真と見間違えるほどリアルな三次元画像を瞬時に生成することができます。

4.2 ヘダ号模型の3DGSモデルの公開と視覚的成果

 この3DGS技術を用いて再構成されたヘダ号の三次元データは、現在、以下のWebリンクから閲覧可能です。
 
【株式会社みてしる,ヘダ号模型3DGS webビューア】
 
 このビューアは、特殊なソフトウェアや高性能なグラフィックボードを要求せず、一般的なPCのWebブラウザ上で高精細な三次元モデルをシームレスに観察できるように最適化されています。上記リンク先では、ユーザーがマウス操作によって自由に視点を変更し、拡大・縮小を行いながら、模型の細部まで詳細に観察することができます。複雑なロープの張り巡らされ方や、木材の質感までが精巧に再現されています。

4.3 「帆の表現」の克服と「内部が透ける」製作者の工夫

 3DGSを導入した最大の成果は、メッシュモデルで障壁となっていた「厚さ数ミリの帆」の表現を達成したことです。3DGSは物理的な立体表面を定義するのではなく、「空間の特定の座標が、特定の角度からどのように見えるか」という光の振る舞いを計算して描画します。そのため、薄い布の質感や複雑に湾曲する帆の形状を、動画のリアルさで表現することが可能となりました。
 さらに、公開されたモデルを操作して細部を観察すると、左舷側面から、竜骨(船底を貫く主軸)および肋骨(船体を支える骨組み)によって構成される船体内部の構造を視覚的に観察できるよう模型が製作されている点です。製作者の杉村が、幕末に 導入された西洋式木造船の船体構造を後世に伝 えたいとの意志が、このような設計になったと思われます。これは、3DGSデータ作成者が船の内部の三次元形状をモデリングして作り込んだものではなく、模型が元々そのようになっていたからです。しかし、このことにより船体内部の構造まで詳細に三次元デジタル化することが可能となりました。
 以上のように、文化財や歴史的遺産のアーカイブにおいて、「見た目をそのまま立体的に残す」「その空間に存在する雰囲気を伝える」という目的においては、従来のメッシュ技術に加えて3DGSを取り入れることは、訴求力の上昇につながります。当然、メッシュ技術にも、「物体の表面形状を正確に捉えている」「形状の変更が可能」「テクスチャの解像度が高く編集も可能」といった利点もあるため、アーカイブの目的に応じて適切な方法を用いることが大切です。

5.今後の展望

 3DGSは、高度な視覚表現を実現しながらもレンダリングの計算負荷が比較的低く最適化されているため、Webプラットフォームやモバイルデバイスでの高速な表示が可能となります。この特性は、スマートフォンを通じたVR(仮想現実)やAR(拡張現実)を用いた没入体験型コンテンツと非常に相性が良いです。例えば、ヘダ号が実際に建造された戸田の御浜岬(洋式帆船建造地碑の周辺)を訪れた観光客が、自身のスマートフォンやARグラスを海に向けることで、実世界の駿河湾の風景に重なるようにして、当時の姿のヘダ号が原寸大のARとして浮かび上がる、といった観光体験の創出が可能となるでしょう。これは、現地の看板やテキストだけでは伝わらない歴史的空間の広がりやスケール感を直感的に体験させるものであり、自治体の観光DX(デジタルトランスフォーメーション)や集客プロモーションの有力な施策となり得ると思われます。
 さらに、この3DGSデータはバーチャルミュージアムの展示物としても高いポテンシャルを持ちます[12]。従来の360度パノラマ画像を用いたバーチャル展示は、カメラを置いた位置に視点が固定されるという制約がありました。しかし、3DGSを用いた空間では、ユーザーが自由な視点で対象物の周囲を歩き回り、興味のある細部を拡大して観察することが可能となります。これにより、沼津市や伊豆地方の学校教育の現場において、子供たちがPCやタブレットを通じてヘダ号の細部までを観察し、幕末の日露の船大工たちが言葉や文化の壁を越えて協力した歴史的偉業をより身近に学ぶことができるでしょう。

謝辞

 ヘダ号模型の3Dデジタル化に際しましては、戸田造船郷土資料博物館の筒井久美子館長に写真撮影の便宜を図っていただきました。ここに心より感謝申し上げます。

参考文献

  1. 産業技術総合研究所, 奈良文化財研究所 (2022) 全国文化財情報デジタルツインプラットフォームの構築-デジタル技術で埋蔵文化財を記録・可視化し、歴史を未来へつなげる-. https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2022/pr20221018/pr20221018.html, Accessed 2026-06-30.
  1. 伊藤稔 (2020) 日本近代造船の礎 ヘダ号の建造. 羽衣出版
  1. 伊藤稔 (2019) 日本近代造船の礎 洋式帆船ヘダ号の設計図を復元する (1). 舟艇技報 138: 26-36.
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  1. 伊藤稔, 岡有作 (2021) 杉村宗作の製作したヘダ号模型. 海事技術史研究会誌 22: 21-26.
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