地方で暮らす豊かさと健康長寿 (The richness of living in rural areas and healthy longevity)


1.三島に19年住んでいます
私は三島(伊豆)に引っ越して19年になります。
研究者稼業は、とにかく転勤が多いです。大学院を修了してから留学中の米国内での移動も含めて5回引越し、勤め先も6回変わっています。研究業界以外でこれだけコロコロ移動すると、いろんなところで何かを「やらかした」人のような印象を与えますが、実際には決してそんなことはありません。この転勤が多いのは、研究業界特有の制度「任期制」のためです。大学では通常、教授や准教授になって初めて終身雇用になります。それまでは2〜5年ほどの「任期」があり、契約が切れるたびに移動せざるを得ません。当然この制度の評判は良くなく、特にこれから結婚したり家族を作ったりの「ライフイベント」が控えている若者には尚更です。任期はあるけど「人気」はないのです。ダジャレを言っている場合ではなく、私はこの任期制が我が国の研究者人口の減少とその結果起こっている研究力低下の大きな要因になっていると思っています。そんな業界にあって、19年間三島に住んでいるのは自分史上最長です。
2.地方暮らしは長寿につながる
19年のうち半分は、地元の研究所(国立遺伝学研究所)に勤めていましたが、2015年に東大に移動になってからも、東京に引っ越すことはせず、新幹線通勤でこの地に住んでいます。もちろん住み心地がいいからです。週末には伊豆の海で泳ぎ、箱根の山を散策し、霊峰富士山を仰ぎ見る。まさに観光地のど真ん中に住んでいる感じです。
実は都市部よりも地方で暮らす方が、長生きできることをご存知でしょうか?図1は2024年の敬老の日に合わせて厚生労働省が発表した 都道府県別の100歳以上の人口の割合です(10万人あたり)。ご覧になって分かるように地方は都市部に比べるとなんと2〜3倍も100歳以上の人口の割合が高いです。65歳以上の人口の割合(高齢化率)は埼玉県が27・4%、島根県が35・0%と7・6ポイントの差で、100歳以上の人口比率の差に比べるとずっと小さいです。つまり地方の方が100歳を超えられる可能性が高いということになります。ちなみに静岡県は82.5人で全国平均(76.49人)の上です。

吸っている空気も飲んでいる水も、都市部と地方でそれほど違うとは思えません。データはお示ししませんが、医療や介護サービスも大差はありません。それにも関わらず、これだけ100歳を超える人数に違いがあるのは驚きです。
3.「働く」生活スタイルが長寿に重要
それでは地方に暮らすと長寿になる理由はなんでしょうか?
ここからは私の考察ですが、2点挙げられると思います。
1つは、いろんな意味での「ゆとり」だと思います。ストレスが少ないのです。例えば、住居。一般的に都市部は企業から給与をもらういわゆる「勤め人」の割合が高いです。平均年収も高い傾向があります。しかし一方で物価、特に家賃などの住居にかかる費用が高いです。これだけが理由ではありませんが都市部の住居は、地方に比べて狭いです(図2)。驚いたことに100歳以上の人口比率と同様2〜3倍も地方の方が都市部に比べ広いのです。また地方は趣味的な家庭菜園も含めて農業や自営業に従事する方が多いです。これらの仕事には退職がないので高齢になっても働けます。この「高齢になっても働く」というのは、経済的なゆとりだけでなく、生きがいだったり、運動量を維持するという意味でも非常に重要です。

4.ヒトはコミュニティの中で進化した
もう一つの私が考える地方暮らしで長寿になる理由は、コミュニティの存在です。こちらの方が大きいと思います。
ヒトは700万年前にチンパンジーと共通の祖先から分岐して進化してきました。今から1万6000年前の縄文時代に農耕・牧畜が始まるまでの間は、狩猟・採集そして移動の生活をしていました。そのほとんどの時間、せいぜい100名程度の小さなコミュニティ(共同体)でお互い協力し合いながら、生き延びてきたのです。集団の中で生まれ、共に成長し、子育て・介護や生きるためのすべてのイベントをコミュニティのメンバーと協力してやってきたのです。ヒトが生きのびるために必要な「遺伝子」はこの間に形成されました。別の言い方をすれば、私たちの遺伝子はコミュニティの中で協力して生きることに最適化されているのです。
翻って、現在の特に都市部の生活を見てみると、無関心や孤独が溢れています。この傾向は地方でもありますが、まだ都会の比べればコミュニティが機能していると思います。地方では、広い家で家族と同居したり、ご近所が集まったり、お年寄りがゲートボールを楽しんだり、地域の人と過ごす機会は圧倒的多いです。高齢になっても対面でのコミュニケーション、つまり信頼できる地域の人との繋がりが維持できているのです。これは生活に安心感を与えます。
以上まとめますと、健康で長生きしようと思ったら、できれば地方で暮らすのがいいでしょう。それが難しい場合には、運動、生きがい、コミュニケーションを大切にして生きるのが重要かもしれませんね。
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